10月【安井曾太郎】のお話会
- 2015年10月19日
- 読了時間: 6分
10月13日にアネモスの会がありました。
季節もちょうど良くなり今月も程よく参加者も集まって賑やかにお話会が開催されました。
今回もメンバーの林さんが当日の様子を彷彿させる素敵な文章を綴ってくださいました。
是非御一読下さい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さあ、始めましょうか、との岡野先生のかけ声で、お話会がスタートしました。 今回は、安井曾太郎。 この、1888年生まれの京都の木綿問屋に生まれた画家は関西美術院で、浅井忠らに師事して、洋画に精進します。 同時期に先月のテーマだった、梅原龍三郎も在籍していたそうです。 ここで。この二人の巨匠の比較が、面白い切り口で語られます。 梅原龍三郎の実家は、大店の呉服商。人の出入りも賑やかでまた、梅原龍三郎本人も少しもじっとしていない腕白な子どもだったそう。 対する安井曾太郎の実家の木綿問屋は、質素を旨とし躾も厳しく、本人もお行儀の良い子どもだったそうです。 画家としてもこの育ちが現れているとして、例えば、安井曾太郎の代表作の日銀総裁だった深井英五像は、その方がどのような生活をしているのか等をじっくり三カ月かけて調べ上げて描いたそうです。

対照的に梅原龍三郎は、何でもすぐに描き始めたとのことです。 梅原龍三郎の自由奔放な性格を知らしめる逸話として… 実はルノワールに会いに行ったときも、アポなしだったのだそう。 その時、ルノワールから、 「君は、まるでスペイン人みたいだな。」 と言われたそうです。 ルノワールに傾倒していた梅原龍三郎に対して、安井曾太郎はセザンヌ。 ここから しばしセザンヌについてのお話に移ります。 言わずと知れた印象派の巨匠セザンヌは、20世紀の最も重要な画家の一人と言われていますが、これまでの岡野先生のお話の中にも頻繁に登場しています。 セザンヌは、モデルに動かないことを要求したそうです。
例えばセザンヌ夫人に「リンゴは動かないだろ」という理論。
セザンヌの絵からは地球の重力を感じる。古代の彫刻のようでありながら、そこに温度を与えている。そのように解説していただいてから、回されてきたセザンヌの絵をみると、なるほどと納得します。

1.赤い肘掛け椅子のセザンヌ夫人

2.ショケの肖像

3.庭師
ここから、言語に造詣の深い岡野先生ならではの非常に興味深いお話が展開されます。 ・Character = 刷り込まれたもの ・Personality = 自分が持っている音を 表に出す PERU(通す) SONA(音) これを出さないと作品にはならない。 日本語では【態(みなり)】にあたるとのこと。
今では服装に転用されていますが、元々はPersonalityのことなのだそうです。 ここで、面白い試みがなされます。 これまでのお話会でテーマに挙げられてきた巨匠の絵が次々と回されてきて、誰の絵なのか問いかけられます。 ロートレックの「シュザンヌ・バラドン」、黒田清輝の「湖畔」、藤島武二の「黒扇」、コローの「真珠の女」、岸田劉生の「麗子像」etc… さすが画家の皆様、次々と正解していきます。 岡野先生から一言。 これこそが、Personality(ペルソナ)なのです。 自分の音を表に出すための物として、絵があり、音楽があり、またその他様々な技術があるのです。 音楽と言われて、ふと、息子の二歳の時の出来事を思い出しました。 ちょっと、話が個人的なことになってしまいますが。 私は、息子が生まれてからいつもクラシック音楽を聴かせていました。バッハ、ハイドン、シューマン、ショパン、ヘンデル、ベートーベン、モーツァルト、ガーシュイン、etc。 あるショッピングモールの中を歩いていた時。館内に流れている曲を、まだたどたどしいおしゃべりしかできない息子が「あっ、モーツァルト。」と、言い当てたのですが、その曲は我が家のモーツァルトのCDには収録されていない曲でした。同じことがバッハでもありました。
幼子でもちゃんと作曲家のペルソナを理解できるのですね。 画家が何を語っているのかを読み取るべきだが、画家は決して自らを語らない。 本日のお話会もそろそろまとめの時にさしかかってきました。 「絵画は物言わぬ歌である。」(レオナルド・ダ・ビンチ)深い言葉です。 この画家は、何を吠えているのかを観る。 この境地に入ることが、本当に絵を観ることなのだと教えられました。 今回は主に安井曾太郎についてお教え頂いたのですが、その流れで日本の洋画の発展の歴史についても知ることが出来ました。 安井曾太郎と梅原龍三郎を対比して鑑賞しましたが、実はこの二人は
“1888年生まれで関西人、実家が商家”
という共通点もあります。後の関西美術院で同時期に学びました。 対して東京美術学校の代表的な人物の藤島武二、黒田清輝、岡田三郎助などは、1860年代生まれで、武家出身という特徴がありました。 これらの巨匠の絵はとても行儀良い作風。武士の出という育ちが伝わってくるということ。 とても興味深い分析でした。 また1860年代と1880年代の隔たりは、西洋絵画界で例えるとマチスとピカソの差に当たるのだそうです。 イタリアから渡日して来たアントニオ・フォンタネージは、日本での油絵の発展を願い工部美術学校を設立しますが、日本画を推すフェノロサの賛意を得られずやむなく廃校となります。 洋画家にとっては苦難の時代もありましたが、フォンタネージを師と仰ぐ浅井忠の指導の元、関西美術院は梅原龍三郎、安井曾太郎らを輩出します。 このような美術史も学び、知識をふやすことができ、今回も充実の時間でした。 因みに会がお開きになった後に、佐賀県出身でいつもとても落ち着いた雰囲気の紳士Mさんが、佐賀県出身の岡田三郎助について追加のご説明をして下さいました。 佐賀県では、佐賀七賢人が選出されており有名な政治家の江藤新平などの中に、画家の岡田三郎助も含まれているのだそうです。 総じて九州は画家が多く輩出されていて、東京美術学校で岡田三郎助が指導した弟子にお話会でもテーマになった青木繁がいます。 このように、参加されている方々からも貴重な知識が得られます。 それから、今回はさらに嬉しいことが。 ご自身のお仕事がカメラマンであり、ただいま新国立美術館で開催中の「ニキ・ド・サンファル展」の運営関係者でいらっしゃるいつもとてもおしゃれなTさんから、無料招待券のプレゼントがありました!大感激でした。 アネモスの会に参加されるとこんな嬉しいサプライズもありますよ。
writer : hayashi
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ちょっとしたお知らせです。
来年の3月28日~銀座の渋谷画廊さんでアネモスの会グループ展示会を開催致します!
共通のお話を聞く参加者たちの作品が集結します。今からとても楽しみです。
詳細は改めて後ほどきちんとお知らせしたいと思います。
次回のアネモスの会は11月3日の文化の日です。祝日なので平日来れない方やそうでない方どんな方でも興味持った方なら大歓迎です。是非是非お越しください。
次回のアネモスの会をお楽しみに。






コメント